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1: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)09:09:13 ID:3W5
2010年に興南高校のエースとして甲子園春夏連覇を成し遂げた島袋洋奨さん(28)が12日、母校の興南高で指導者としての一歩を踏み出した。
プロ野球ソフトバンクを19年に退団し、同校職員を務めながら学生指導資格の回復を得て、バッテリーコーチに就任した。
第二の人生の門出となる日を迎え「この日を待っていた。選手の話を聞きながら、意見を強要せずにやりたい。そこが一番の成長のポイントと思う。対応しながらやっていきたい」と意気込みを語った。


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1: 風吹けば名無し 2020/01/11(土) 12:49:00.65 ID:4o/w4CwE0
■大学2年の春に肘がぶっ飛んだ
アスリートがプロになる過程はさまざまである。野球界では高卒、大卒、社会人、そして独立リーグ経由の4パターンが九分九厘を占めるものの、いずれの場合もほぼすべての選手が「高校野球」を経験している。
どのタイミングでプロに入るかで人生が大きく変わることも多々あるが、本人の特性や巡り合わせもあり、果たして何が正解なのかは誰にもわからない。

元ソフトバンクの投手、島袋洋奨(ようすけ)は昨季限りで5年間のプロ生活にピリオドを打った。
沖縄・興南(こうなん)高校3年時の2010年には"琉球トルネード"と呼ばれた独特のフォームで全国の強豪校をなぎ倒し、当時史上6校目、沖縄県勢では初の甲子園春夏連覇を達成。

時の民主党政権・鳩山由紀夫総理の無責任な米軍基地移設発言でたまった鬱憤(うっぷん)を吐き出すかのように、沖縄中が島袋の快投に沸騰した。

1998年の松坂大輔(横浜高校)以来の春夏連覇エースの去就は大いに注目された。プロ入りを表明すればドラフト上位指名は確実ともいわれたが、島袋はプロ志望届を出さず、東都大学リーグの名門・中央大学へ進学した。

「春のセンバツが終わった段階ではプロ志望でしたが、(興南の)我喜屋優(がきや・まさる)監督をはじめいろいろな人と相談して進学を決めました。
甲子園春夏連覇の投手としてのプレッシャーはさほど感じませんでしたが、大学で思うように活躍できず、申し訳ない気持ちが強かったです」

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