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1: 鉄チーズ烏 ★ 2021/12/28(火) 18:26:20.46 _USER9
「レギュラー満タン、かしこまりました!」

 189cmの長身を深々と折り曲げて運転席を覗き込む彼は、昨年までソフトバンク、ヤクルトで計14年間プレーしたプロ野球選手だった。

 山田大樹さん、33歳。

 元祖・育成の星。

 そんな異名をとった左腕投手だった。茨城県出身でつくば秀英高校から2006年育成ドラフト1位でソフトバンクに入団。その後支配下登録を勝ちとり、一軍で通算29勝をマークした。

■多くの“史上初”を成し遂げるも、20年に戦力外

「育成出身史上初」と球史に名を刻んだことも少なくなかった。10年6月24日、日本ハム戦に先発して9回途中1失点に抑えてプロ初勝利。これがパ・リーグ育成出身初の勝利投手だった。また、その後2勝目はロッテ・成瀬善久、3勝目では日本ハム・ダルビッシュ有との投げ合いを制したことで「エースキラー」とも称された。

 11年5月20日の阪神戦ではパ・リーグ育成出身初の完封勝利。そして同年に中日と対戦した日本シリーズでは第5戦に先発して6回無失点と好投し、パ・リーグ育成出身初の日本シリーズ勝利投手にもなった。さらに12年には両リーグの育成ドラフト出身選手として初めて規定投球回もクリアした。

 しかし、その後成績が下降。17年オフに無償トレードでヤクルトへ。19年には11先発で5勝を挙げる活躍もあったが、20年は2試合登板で未勝利に終わり、その年限りで戦力外通告を受けた。

■「自分のワガママで野球は続けられない」。鍼灸師を目指すも…

 同年12月には12球団合同トライアウトを受験した。打者3人に対してフライアウト1つ、奪三振1つ、与四球1つ。最速は142キロだった。かつて130キロ台の“動く直球”が特徴だった大型左腕は必死に腕を振り抜き、いつもよりも速い真っ直ぐを投げ込んだ。トライアウト後、社会人やクラブチームから誘いの声があった。だが、「家族もいる。2人目の子どもが生まれたばかりだし、生活のことを考えると自分のワガママで野球は続けられない」と今年1月に引退を決断していた。

 その際、セカンドキャリアについて「鍼灸師の資格を取り、トレーナーとして野球に関わりたい。まずは医療系専門学校に通います。次の世代の役に立てればいい」と夢を語り、妻の地元である名古屋に移り住むのだと教えてくれていた。

■ガソリンスタンドでアルバイトを続ける理由

 それが一体どうして……? 現在は同市のガソリンスタンドでのアルバイトで生計を立てている。月曜日から金曜日までの午前9時〜午後5時まで働き、時給は1000円。

 夏頃にその状況を聞きつけていたが、ようやく12月某日、名古屋へ出向いて山田さんと久しぶりに会うことが出来た。

 市内の駅まで迎えに来てくれた山田さん。街の人波の中でも、やはりひと際目立って映る。現役時より少し細身になったせいか、より高身長に見えてしまう。

 山田さんの運転する車に乗り込み、一緒にとある場所へ向かうことになった。

 ところで、まず聞かなければならないのは“フリーター”暮らしをしている理由だ。

「実は自分が志望していた専門学校の願書提出が12月いっぱいで締め切られていて。僕、引退を決めたのが今年1月だったじゃないですか。それで間に合わなかったんです」

 調べるとまだ願書の間に合う専門学校はあったが、見送ることにした。

「自分の行きたい学校は鍼灸師に加えて、指圧とあん摩の免許も目指すことができるんです。間に合った学校は鍼灸師のみ。僕はそれでも……と思ったんですが、妻から『自分のやりたいことを目指すならば、たった数日の決断で焦って決めることはないんじゃないの』と言われて、考えを改めました」

■元ソフトバンク・馬原孝浩さんにも相談。「やるべきだよ」

 妻が背中を押してくれたのは2度目だった。引退した当初はサラリーマン生活も考えたが、「向いてないよ」と言われて「そうだな(笑)」とあっさり納得した。そこで思い立ったのが資格を取得したうえでトレーナーや野球の指導者になることだった。

 先駆者の先輩にも相談をした。ソフトバンク、オリックスで通算182セーブを挙げた馬原孝浩さんだ。引退後に3年かけて専門学校に通って鍼灸師と柔道整復師の免許を取得し、現在はプロ野球選手のトレーナー、若手トレーナーの育成、そしてプロ野球独立リーグ「ヤマエ久野 九州アジアリーグ」の火の国サラマンダーズの監督という三足のわらじで活躍をしている。

(以下略、続きはソースでご確認下さい)

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1: 砂漠のマスカレード ★ 2021/01/31(日) 07:47:28.24 ID:CAP_USER9
 ソフトバンク、ヤクルトで活躍した山田大樹投手(32)が現役を引退することが30日、分かった。現役生活14年を振り返り「たくさんの方にお世話になって感謝の気持ちでいっぱいです。特に(ソフトバンクホークス会長の)王さんには、本当にお世話になりました。一緒に会見に出ていただいたことは、一生の思い出です」と感謝の言葉を並べた。

 06年の育成ドラフト1位でソフトバンク入り。09年に一度は自由契約となったが、10年に王会長から才能を高く評価され、再度、育成での契約を結んだ。翌年3月に支配下登録。金田正一氏のような活躍を期待され、同じ背番号「34」を与えられた。11、12年は先発ローテーションの一角を担うまでに成長し、球団の思いに応えた。

 17年オフに無償トレードでヤクルト入りし、昨年11月に戦力外通告を受けていた。プロ通算29勝33敗、防御率3・73。今後は鍼灸師を目指し、第2の人生をスタートさせる。
1/31(日) 7:32

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